開発から生産、販売まで

追跡!いちほまれ

 6年間の歳月をかけて開発され、昨年から本格販売が始まった福井のブランド米「いちほまれ」。農家が作り、県内外の消費者に届くまでにはどういった流れをたどるのだろうか。農業現場を取材し発信する「ふくい農業ゼミナール」に取り組む県内の大学生4人が追跡した。

浜本 岳志記者(県立大4年)

1 開発 ~コシ超えへ 艶、甘さ追求~

 いちほまれが開発された理由を探るため、県農業試験場(福井市)で福井米研究部の冨田桂部長に話を聞いた。
 開発の中心メンバーだった冨田部長は「福井の農家が直面している課題を解決する必要があった」と説明してくれた。その課題とはコメの消費量の減少だ。農林水産省の統計では、国民1人当たりの年間消費量はピークだった1962年度の118キロから、2016年には54キロと半減している。需要が減れば価格が下がってしまうかもしれない。
 県内では主にコシヒカリが作られているが、全国各地で生産され差別化は難しく、新たな付加価値を持ったコメを生み出す必要があった。そこで、価格が高く、コシヒカリを超える銘柄として、いちほまれが誕生した。
 いちほまれはコシヒカリより草丈が低いため、風雨で倒れにくい。暑さにも強く、夏場の酷暑で品質が悪くなってしまうことも防げる。炊いた時の艶や甘さ、粒感なども科学的に追求したという。
 生産者と消費者両方のためにさまざまな付加価値を持ったいちほまれは、これからの福井米を引っ張っていく存在なのだと分かった。

いちほまれ開発に携わった富田部長=福井市の県農業試験場(浜本岳志記者撮影)

巻田 恵理奈記者(県立大2年)

2 生産 ~中山間でも育てやすく~

 いちほまれは生産者にどのように思われているのか。有機栽培に取り組む越前町八田の井上高宏さん(34)の田んぼに向かい、話を聞いた。
 井上さんは7年前から農業を始め、無農薬のコシヒカリやいちほまれなどを生産している。有機肥料は自家製で、田起こしなども工夫して草が生えにくい田んぼにしているという。
 いちほまれは新しい品種ということで、肥料の量などを試行錯誤しながら取り組んでいる。井上さんの田んぼは中山間地域にあり、粘土質の土壌を持つ。いちほまれはこの土壌に適しているようで、また、山あいの田んぼで発生しやすい病気や台風にも強く「いちほまれは(耕作環境が厳しい)中山間を救う品種」と話していた。
 井上さんは農家として「まずは農業をなりわいとして収入を得る。そして農地を保全する」ことを役目と考えているが「若い人が農業をするイメージが世間にはないので、成長産業にしたい」と意気込んでいた。
 私は大学で作物の品種改良について学んでいる。技術や時代が進むにつれ、新しい品種がどんどん開発されているが、消費者や井上さんのような生産者の声に応えるような品種が必要なのだと改めて感じた。

土にこだわり、いちほまれを有機栽培している井上さん=越前市八田(巻田恵理奈記者撮影)

相原光貴記者(福井大4年)

3 乾燥調製 ~圧巻の巨大施設~

 収穫されたコメが運び込まれるJA福井市東部農業施設センター(カントリーエレベーター)=写真=を取材した。乾燥調製、もみすり、選別、貯蔵などを行う機器はどれも巨大で、少年心をくすぐられた。
 特に、コメを一時貯留するサイロと呼ばれる円柱状の設備は、一つで約350トンを保管できる。サイロはいくつも並んでおり、外からでも一目で分かる存在感だ。
 出荷前の玄米が保管される広大な低温倉庫では、いちほまれを含むさまざまな銘柄が高く積まれており、その光景は圧巻だった。
 この施設には福井市内から大量のコメが集まり、ダイナミックに作業が行われていた。収穫してから食べるまでにはさまざまな工程があることが分かった。

4 試食PR ~認知度向上へ~

 いちほまれの魅力である「味」を伝える一番の方法は、なんといっても試食だろう。いちほまれの試食イベントは全国各地で行われており、今回は大阪市でのイベントを取材した。
 いちほまれが炊き上がり白い湯気を立てると、お客さんが集まってきた。試食した人にインタビューすると、「甘い」「おいしい」「食べ応えがある」といった感想がほとんどだった。
 味に関しては文句無しのようだが、まだ認知度は低く、「こちらから出向いて食べてもらうことが大切」と宣伝スタッフは話していた。
 味をお客さんに伝えるのは容易ではない。試食PRは時間と手間はかかるが、地道な宣伝を確実に続けることが、いちほまれの“実り”への一歩だと思った。

大勢の人でにぎわういちほまれの試食ブース=大阪市(相原光貴記者撮影)

野路真由美記者(福井工大3年)

5 販売 ~「リピート率高い」~

 いちほまれはどのように販売されているのだろう。天下の台所・大阪で取材した。
 最初に訪れたのは茨木市の米穀店「はたの屋」。道満正義社長は「五つ星お米マイスター」の称号を持つ専門家で、店内には全国から厳選した40種類のコメがずらりと並んでいた。その中でも、いちほまれは3位の売れ行きで人気だそうだ。近年は新しいブランド米が次々誕生しているが、道満社長は「いちほまれの味はトップクラス。お客のリピート率も高く、今後も生き残っていくのではないか」と太鼓判を押していた。
 次に、福井米を全国へ販売するJA県経済連の大阪事務所(大阪市)を訪ねた。卸業者への販売促進を担当する市岡稔章さんによると、大阪には全国からさまざまな食材が集まってくるため産地間競争は激しいが、2018年産のいちほまれは、量が足りないほどの需要があったという。
 ただ、消費者への浸透は今後の課題だそうだ。実際に大阪市のPRイベント会場でいちほまれを試食した人たちに話を聞くと、名前を知っていた人はいなかった。それでもその場で購入する人は多く、いろんな銘柄を食べ比べているという女性は「コシヒカリもおいしかったから期待している」と楽しみにしている様子だった。
 大阪で取材をして、いちほまれの評価の高さが分かった。今後、福井米のおいしさが全国でさらに広がる可能性を感じた。

全国各地のブランド米の中でも、いちほまれを一押しする道満社長=大阪府茨木市のはたの屋(野路真由美記者撮影)

※ 本記事は、令和元年12月13日付福井新聞に掲載されました。